☆ 語り部 今 比友太 ☆
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第1話 コンピューターの数の世界 へ(2001年2〜4月記)
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第2話 コンピューターと情報 へ(2001年4〜7月記)
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第3話 コンピューターと情報と新聞 へ(2002年2〜5月記)
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◎ 徒然なるままの、コンピューター四方山話 ◎
§ プロローグ **2001年1〜2月記**
今や、日本もパソコンが年間1400万台程売れる世の中になり、又、IT革命(インフォーメーシ
ョン・テクノロジー)などと政府の要人までもが声高に念仏を唱え(遅すぎる負け犬の遠吠えの感は
否めないようだが・・・)、インターネットを知らない人間はバカ呼ばわりされるような世になった。
しかし、一方ではバカ呼ばわりされながらもキーボードを見ただけで背筋に虫唾が走るオジサン達も
少なくないと思われる。
手紙を書くのにタイプライターを使っていた西欧人と違い、文字一つ書くのに何であんな機械を使わ
なければいけないのか、文字というものは一文字、一文字こころを込めて書くもんだと教わって、頭
が四角のまま今日にいたった我々オジサン族には、無機質にキーが並んだキーボードは西欧人のタイ
プライターとダブッテ見えても、いたしかたないのかもしれない。
現に2〜3年前だったか、ある先輩に、手紙をワープロで書いて久し振りに出したら、電話が掛かっ
て来て、元気でなによりの言葉が聞けると思いきや、いきなり『おまえ、年上の人間に向かって機械
で手紙を書くとは何事だ、精神がなっとらん失礼にもほどがある云々・・・』とガチャンと電話を切
られてしまった。
これなどは何とも古代人の叫び声としか言いようがない、哀しくもほんとうの話である。それでも、
人ずての話では、このオッサン、最近パソコンと悪戦苦闘しているらしい。
めでたし、めでたしではある。
又、会社で書類をつくるにしても、昔(と言っても、ほんの数年前)だとオジサンはおおまかな筋書
きを女の子に指示すれば、後は左うちわで待っていれば、なんとなく体裁の整った書類が出来上がっ
てきて、それをちょっと手直ししてあたかも私がこしらえましたという顔をしていれば事がたりたよ
うだが、現在はその女の子と同じレベルでキーボードを叩く事を強いられ、時にはその女の子にお伺
いをたてなければキーボードがゆうことをきかないという事が起きてくる、これじゃあ、アフターフ
ァイブでやけ酒を飲みながらキーボードの恨み節をのたまうのも頷ける。
でも、他人様が楽しそうに・・・かどうかは分からないが・・・キーを叩いているのを見て、脇で指
をくわえながら愚痴っても、なんの進歩もありゃしない。
冒頭にも述べた政府の要人のみならず、世の中、テレビでも新聞でもマスコミをあげてIT革命、I
T革命と騒いでいるが、これはかって機械が世を席巻した産業革命以来の、その時以上の革命だと言
われている。
情報化時代の到来と言われてから幾久しいが、情報化時代とは何だろう、ということがいまひとつ見
えていなかったと思う。しかし、ここえきて、やっとわが国も急速にその姿が見えてきたようだ。
昔から、ものが進歩することを『日進月歩』と言っているが、ITにかんするかぎりその進歩は『秒
進分歩』と言う速いスピードで変化をとげていくことだろう。
また昔から時代の一区切りを『十年一昔』といっていたが、最近は世の変化が早いので『五年一昔』
と言い換えてもいいと思うが、ITにかんしては『一年一昔』と言ってもいいような変り様をしてい
くことだろう。そして、このITが牽引力となって、世の中のその他諸々が良きにつけ悪きにつけ、
激変していくことは間違いない。
そんな世の変化の中にあって、キーボード恨み節は、明治維新後もチョンマゲを結い刀を手放せなか
った一部の武士の哀れさと重なって見えるが、このオジサン族、あのバブルがはじけるまでは世界を
股にかけた花形企業戦士。金の卵だのニューエリートだのと言われ、周りからガンバレ、ガンバレと
尻をたたかれ、家庭をかえりみず、ただがむしゃらに、わが日本経済の高度成長を支えてきたつわも
の達だ。
それが昨今、国外ではウサギ小屋に住む働きバチだのと揶揄され、会社ではリストラの対象になり、
我が家に帰れば濡れ落ち葉だのなんだのと忌み嫌われている。
ああなんと可愛そうと我が身を哀れんでみても身から出た錆か、誰も振り返ってくれない。それもそ
のはず、このつわもの達少々理屈っぽいのが玉に瑕、はたまた、建前が邪魔をして本音がなかなか出
てこない、それは前例がないからと後ずさりしがちだ。・・・これは何もオジサン達に限ったことで
はない我々日本人の特性(短所)であるのかもしれないが・・・。その反面『畳とナントカは新しい
ほうがいい』などと強がりを言うわりには、ニューマシンにはからっきし弱い。それにひきかえ、現
代の若者はどんなマシンも、理屈ぬきでゲーム機と同じ扱いのようだ。
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それにつけても致命傷は華麗に10本の指を使って、すばやく目的の書類をまとめ上げていく、そん
な周りの者どもを見るにつけ、人差し指一本でぴょこんぴょこんと文字を入力する自分のふがいなさ
が先にたって、ますますキーボード恐怖症になってしまう、そんな悪循環のようである。
しかし、良く考えてみればコンピューターと言っても魔物でも化け物でもない人間がつくったただの
機械である。何も10本の指を使わなくても、1本の指だけでピョコンピョコンとキーを打っても同
じ動作をするのである。だから、何も無理して10本の指を華麗に使う必要なんかない、人指し指一
本で十分なのである。
それよりも、そんな事にかまけて先に進まず、はてはこの便利なコンピューターを挫折してしまう損
失のほうが大きいということに気がつけばキーボードの前でおじけつくことはない。ただ、一本の人
指し指だけでやっていると若者から蔑視が飛んでくることが、ままあるが、そんな時にはあわてず敵
さんの知ってそうもないコンピューターの薀蓄を一席ぶてば次からは尊敬の目に変わることうけあい
だ。彼らはイクセルのここの具合が悪ければ、ここのキーを押せばいいとか、一太郎のあれをするに
は、あのキーを叩けばいいとかゲーム感覚でやっているが、コンピューターの本質はなーんにもわか
っちゃいないのだ。まあ、それはそれで文句をつけることでもないので、いいのだが・・・。
しかし、あれこれ言ってみても、コンピューターというもの、そんなに簡単に攻略できるものでもな
いし、奥が深そうである。本屋さんに行けばパソコンの本は沢山ならんでいるが、ウィンドウズがど
うだの、エクセルの操作方法はこうだのという、マニュアル本ばかりである。これ等の本を開いてみ
ると最初にキーボードの図がでてきたりして、そこで戦意を失ってしまいそうだ。 ![]()
先にも述べたようにIT革命は怒涛のごとく我々の暮らしの中に押し寄せてくる。そんな中でコンピ
ューター貧者・・・この貧者と言うのはコンピューターを持てないから貧しいという意味ではなく、
コンピューターを毛嫌いすることにより、時代から取り残されていく精神的な貧しさという意味であ
る・・・にならないため、また最近、電子政府構想などとお上で色々と検討しているようだが、これ
などは役所の事務手続きなどが大幅に簡素化され我々国民にとっても好ましいことではあるのだが、
その反面、コンピューターを使って国民皆背番号によって個人を一方的に管理する格好の道具に悪用
される可能性だってある。
そんなことを考えるにつけても、キーボードアレルギーのオジサン達だけでなく、我々一人一人がも
っとコンピューターに関心を持ち、目覚めるべきだ。
しかし、コンピューターに目覚めるということは何もコンピューターの使い方や、操作に長けるだけ
とはかぎらない、コンピューターとはどんなものだろうとか、どんなふうにして動いているのだろう
とか、どんなところで役にたっているのだろうとかコンピューターの諸々のことが日常生活の中に空
気のような自然な形で存在できるようになればこれは一つの文化であり、真の意味のIT文明開化と
なるだろう。
今、脇のテレビから“電脳村からのレポート”という番組が流れている、その中で80歳のおばあち
ゃんの『いま、iモードでインターネットに凝っているのよ、オッホホホ』と明るい笑い声が飛び込
んできた。このような光景があなたのそしてわたしのまわりに日常茶飯事になる日はもうすぐそこに
来ている。
コンピューターの使いかた操作のしかたの解説書はこの世に氾濫しているのでここではそういう解説
はしない。コンピューターとはなんだろう、コンピューターって、ほんとうに我々の幸せに役にたつ
のというような、漠然とした雲をつかむようで、バカバカしく、なんら実用には寄与しないと思うが、
ジイサン、バアサン達やキーボードアレルギーのオジサン達が、コンピューターで若者にバカにされ
そうになった時の薀蓄話の手助けの一つにでもなれば幸いであるという思いで、徒然なるままにいっ
てみたいと思う。
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